しずおかHEART防災プロジェクト キックオフ・イベント開催!

 

いよいよ今年度のイベント、開催です!!

しずおかHEART防災 キックオフ・イベント
まちめぐり&座談会「“未”被災地のための防災アートは可能か?」

しずおかを場とし、「防災」というテーマに対して、アート/文化にできることは何か・・?
しずおかHEART防災プロジェクト1年目のキックオフ・イベントとして、
テレビ出演でもおなじみの小山先生はじめ豪華案内人による、しずおかを見て知る「まちめぐり」と、話題のアーティストはじめ多彩な登壇者が防災とアートについて話しあう「座談会」がセットとなったイベントを開催します。
ご参加のみなさんも一緒に、さまざまな「可能性」を探りましょう。
参加は無料。ぜひご参加ください!
※まちめぐりは事前申込が必要です。

イベント詳細や申込方法についてはこちら

 

■第1弾 2018年2月25日(日)
まちめぐり ◆ 焼津~吉田篇
“洪水・高潮・津波に向きあう地域の暮らしの工夫を知る”
案内人:松田香代子氏(松田民俗研究所代表)
座談会 ◆ 焼津市役所アトレ庁舎3階 焼津公民館 会議室6
パネリスト:
窪田研二氏(インディペンデント・キュレーター/KENJI KUBOTA ART OFFICE代表)
藤井基貴氏 (静岡大学教育学部准教授/防災総合センター准教授)
松下徹氏 (SIDE COREディレクター/アーティスト)
松田香代子氏(松田民俗研究所代表)
コーディネーター:
平野雅彦氏 (静岡大学教育学部特任教授/人文社会科学部客員教授)

■第2弾 2018年3月3日(土)
まちめぐり ◆ 函南~三島篇
“地球の営みから生じる 美と畏れを感じる”
案内人:小山真人氏(静岡大学教育学部教授/防災総合センター副センター長)
鈴木雄介氏(伊豆半島ジオパーク推進協議会専任研究員)
座談会 ◆ 会場:三島市民文化会館 第2会議室
パネリスト:
小山真人氏(静岡大学教育学部教授/防災総合センター副センター長)
鈴木雄介氏(伊豆半島ジオパーク推進協議会専任研究員)
住 康平氏(Cliff Edge Project代表/美術家)
松本圭司氏(郷土雑学)
コーディネーター:
平野雅彦氏(静岡大学教育学部特任教授/人文社会科学部客員教授)

座談会パネリストについてはこちら

 

イベント詳細や申込方法についてはこちらをごらんください!

 

 

リアルに残した震災の爪痕 ―神戸市【神戸港震災メモリアルパーク】―

ハート防災のJです。神戸にやってきました。震災後に訪れるのは初めてです。震災の22日前に産まれた息子が23歳になりましたが、あの朝の衝撃は今でも覚えています。当然ですが、このブログを見ている人の中には、当時まだ産まれていない人もいるんですよね。

静岡から新神戸までは新幹線で2時間ちょっと。目指すは「神戸港震災メモリアルパーク」。被災当時の神戸港を一部保存し、24時間365日無料で公開している屋外見学施設です。

JR元町駅から繁華街を抜け、南へ歩いていくこと12分、メリケンパークが見えてきました。

公園の中に入り港の方に進むと、左手の港側に「神戸港震災メモリアルパーク」があります。

特に入り口も無く、どこから見るのが正解かもわからぬままに廻りました。(実はこの写真もひと回りしてから存在に気づき、同行のYさんと撮ったものです)

モニュメント(記念碑)は、震災が起きた時間、5時46分を表わしています。そして見えてきたのは・・・

街灯が傾き、コンクリートが砕けたメリケン波止場の一部。

被災した当時の状況を、できるだけそのままの状態で固定して、見える形で残しているそうです。

そうなんです。映像や写真はいっぱいありますが、リアルに残る震災の爪痕を見れるところはほとんどないんです。今回の神戸取材で、数多くの映像、写真を見てきましたが、一番頭に残っている絵はここかもしれません。百聞は一見にしかず。23年経っても風化しない貴重な存在です

 

この状態が、ここだけでなく阪神・淡路地域全体で、と思うとぞっとします。

当時の波止場の様子を見れるコーナー。

神戸港周辺の被害状況を、地図と映像で見ることのできるコーナーもあります。

映像コーナーは、9:00~22:30の間、いつでも何度でも見ることができます。

韓国語、中国語、英語、日本語、4か国語対応。日曜日でしたが、訪れている方の8割以上が外国の方でした。地元の方にとっては、当たり前にそこにある存在なのでしょう。

平成9年7月竣工だから、もう20年以上、ここで震災の惨さを伝え続けてるんですよね。風化しないように。

今の神戸の街には、その欠片すら見つけることができません。その復興ぶりは見事の一言。本当にここで、あの震災があったのか?と誰もが思うはずです。

メモリアルパークの正面にそびえ立つ「ホテルオークラ」と崩れた岸壁の対比に、人間の凄さと怖さを感じずにはいられませんでした。

忘れたころにやってくる災害。

忘れなければやって来ない、と祈っているように見えた「神戸港震災メモリアルパーク」でした。

 

「災害対策施設」という選択肢 ―浜松市【マブチ工業】― 

震災現場を目にして、“自分たちにできること”の先にあったもの

ハート防災のJです。災害対策施設って聞いたことありますか。ネットで調べても、定義らしきものはなく・・・。

今回は、自社で災害対策に取り組まれ、今年1月に浜松市から「企業の社会貢献(CSR)活動表彰」の優秀賞を受賞された浜松市の工務店「マブチ工業」さんに話を伺いました。

馬渕社長です。以前一度取材させていただいたことがあり、一見強面ですが、とても気さくで優しく勉強熱心で、実行力の塊のような方です。その行動力は、2度の震災の時にも・・・。

阪神淡路大震災の1か月後、ゼネコン仲間の陣中見舞いに訪れた際に、悲惨な街の状況を目の当たりにした馬渕社長。ただ、その時は何もできなかったそうです。そして、東日本大震災の時は、バイク仲間のSOSを受け、一番困っている赤ちゃんのおむつやミルクを届けようと、震災の10日後、自ら現地に向かいました。(物資を送ろうと思って色々と聞いて回ったが、そこまで届くかわからない、と言われたそうです。じゃあ、自分で行こうって。すごいです、この行動力。)

津波の後に残った水と瓦礫の間を抜けて、現地に向かう中で目にした光景は、あまりにも酷かった。特に女川地区は想像をはるかに超えるものだったそうです。

その体験から、今この地で「何か自分たちにできること」がスタートしました。

まずは、被災地で一番困ったという携帯電話の電源確保の話を聞き、現場に行く際に積んでいる発電機を、会社に戻ったらすぐに充電するようにしました。何かあった時に、近所の人が使えるようにです。

そして昨年、社屋増築の際に、災害対策施設を完備。それは、会社裏の駐車場にありました。

パッと見ではわかりませんね。 結論から言うと、

災害が起きて電気もガスも水道も使えない時に、近所の人がココに来れば、水が飲めて、充電できて、料理が作れて、トイレもあって、夜でも明るい、そんな嬉しい施設なんです。

上の写真がバルク貯槽システムといって、ガスを燃料に下写真の発電設備と連動して電気を作ります。その電気が、社屋2階の灯りをつけ、夜でも駐車場を明るくします。

馬渕社長いわく、「暗闇のなか不安でいっぱいの時一番大切なのは、少しでも明るいところに人が集まり寄り添うこと」

貯水タンクには、なんと10tの水が。トイレの水にも使用。トイレは、ここ以外にも、駐車場通路に、下水に繋がる口を設けているから、非常用トイレとワンルームテントをセットにすれば、簡易トイレになるとのこと。トイレ、大事ですよね。

炊事場や炊き出しの道具も揃えてあり、4月には近所の子供たちを集めて、炊き出しを計画中。

災害対策車のトラックにも、1.5tの水と発電機(3日は持つ)を搭載。

場所や被害の程度にもよるけど、今までの経験から、3~5日我慢できれば何とか復旧してくる、とのこと。

なぜ、ここまでやるのか?

自分でもよくわからない。補助金も多少出るけど、ほとんど持ち出しだからね。」って、笑う馬渕社長。

でも、東北を見てなかったら、ここまではやらんかったかな~」とボソリ。

行動によってのみ状況は変わる。

そんな言葉がピッタリの馬渕社長でした。

帰りに、携帯用浄水器をいただきました。これで簡単に雨水も飲み水に変わるそうです。今度試してみよ。

取材協力/株式会社マブチ工業 http://mabuchik.com/

災害対応型SSって何じゃ?? ―静岡市【中村石油】―

ハート防災のJです。災害対応型SSって、みなさんご存知でしたか?

防災無知の私は、胸をはって「すみません。はい、知りません」

早速ググってみると、全石連のホームページ「石油広場」に、その説明がありました。http://www.zensekiren.or.jp/08syohisya/0807

“「災害対応型給油所」とは、発電設備及び給水設備の設置により、災害時に電気、水道がストップした場合でも、給油所や水の提供が可能な、いわば災害に強い給油所のことです。”

ほ~。それは心強いではないか。

でも、ガソリンスタンドって、油あるし、燃えたら一番やばいんじゃないの?って単純な疑問が・・・

その答えは、以下のページにありました。

内閣府防災情報のページ「みんなで減災」http://www.bousai.go.jp/kyoiku/keigen/torikumi/tsh22002.html

ガソリンスタンドは、可燃性の危険物を取り扱っているから、消防法、建築基準法上、厳しい基準の元に建築されていて、地下のタンクに引火しない構造(地下にタンクがあることも知らなかったよ)になっているそうです。

阪神・淡路大震災の時には、周りの建物が倒壊、焼失する中、ガソリンスタンドが延焼を食い止める現象が数多くみられ、その安全性に注目が集まったとのこと。

ほ~。それは、ますます心強いではないか。

ちなみに、先述の石油広場に、災害対応型給油所の全国マップ(平成28年11月現在)があったので、静岡県内の設置状況を見てみると、なんと31か所も。堂々の全国1位でした。

でも、防災先進県しずおかのPRパンフレットの中には入ってなかった。こういう民間の取り組み、もっと誇っていいと思うけどな~。

ということで、百聞は一見にしかず。災害対応SSを大きく打ち出し、存在を知らしめてくれた、静岡市曲金の中村石油さんを取材させていただきました。

店長の山口さんが親切に案内してくれましたが、とってもシャイな方で写真はNGとのこと。皆様にお見せできなくて残念です。気になる方は、お店までどうぞ。(笑)

全く意識したことのなかった防火壁。これが延焼を食い止めるのか、と思うと、頼もしく見えてくるから不思議。山口さんからしたら、ごく当たり前のことらしいですが、一般人にはわからないですよね。「そんなもんすかね」とさりげない感じが、また頼もしい。まさに防火壁のようなお人だ。(笑)

この防火壁は、ガソリンスタンドでは当然のこと。でないと、消防法、建築基準法を通らないから。さて、本題は災害対応型SS。

ここまでアピールしてくれると、わかりやすいですよね。

災害対応SSにも色々あるけど、要は発電設備と給水設備を両方備えている給油所。中村石油の場合は、太陽光発電と内燃式の発電、両方あります。

でも、どこにあるんだろう?

山口さんにお伺いすると、スタンドの外に案内されました。

消防法の関係で、スタンド敷地内には設置できないそうです。シャッターを開けて、見せていただきました。

手前の扉の空いているところが、太陽光発電を制御するパワーコンディショナー(太陽エネルギーを交流電力に変換して家庭用電源などに利用できるようにする機械)。そこで産まれた電力を蓄電池に充電し、スタンド内のLEDは、ほぼ賄えるそうです。

そして、倉庫の横にあるシートを開けるとそこには・・・

200Vの電源まで供給可能な、ディーゼル発電機。軽油を入れていれば、ずっと発電し続ける。ガソリンスタンドだから、軽油の心配もない。災害時の強い味方ですね。

えーと、水はどこにあるんだろう?スタンド東側に案内されると、そこには貯水タンクが。

常に4000ℓの水が貯水されているとのこと。見えないところに、こんな努力があったなんて。

 

災害対応型SS。

平時では顔を出すことのない数々の機能が、有事の際には災害対応の強い味方に変身し、火災の延焼を食い止め、地域に灯りを点し、水や電気を供給する。

それを後押しするのは、地域に貢献するという企業文化。

何も起こらず、使われることのないことがないのが一番という山口さん。それでも、常に機能するように定期点検を続ける。

あって良かった、が来ない日を祈りながら。

取材協力/ 静岡市駿河区曲金3丁目4-6  中村石油 http://nextoil.web.fc2.com/

スタンド西隣は、系列店の葉山珈琲さん

※本記事は、2018年1月23日に取材しました。

足下にのこる津波の跡 ―湖西市【おんやど白須賀】―

ハート防災ライターのです。

静岡県内の防災に関わる、ヒト・モノ・コトや歴史などをレポートすることとなりました。

防災素人の私で良いのか?ラーメンならまだしも?という自戒の念を抑えつつ、素人ならではの視点で、少しでも多くの人に響く情報が届けば幸いです。

第一回は、湖西市にある「おんやど白須賀」。

津波に関する資料が展示してあるという情報を元に、何のアポもあても無く、訪問してきました。

「おんやど白須賀」は、東海道宿駅開設400年を記念し、白須賀宿の歴史と文化に関する知識を広め、資料の保存と活用を目的に設置された白須賀宿歴史拠点施設です。

おんやど白須賀の紹介はこちら http://kosaicity.com/onyado.html

白須賀宿は元々、汐見坂(潮見坂)下の海岸沿いにあったのですが、宝永4年(1707年)の津波被害に宿場が全滅、今の坂上の台地へ移転したのです。

カメラをぶら下げたおっさんが何やらしているぞ?そんな不安を払拭すべく撮影許可をいただいた所、アポなしにも関わらず館長の森さんが親切に案内してくれました。

入り口から中庭を抜け、展示室に入ると正面一面に、津波の記録コーナーがあります。

まず、目を引くのが、何か土の塊のようなもの。なんだ、これは?

2001年の道の駅建設の時に発見された土層を剥ぎ取ったもので、過去の津波の跡がわかるそうです。

1498年、1606年、1707年に起きた津波の爪痕が土層という形で残っていたのです。近くで見ると、少し黒っぽく、土質が違うのが分かります。

白須賀を襲った地震、津波の年表を見ると、改めて

地震、津波は繰り返すもの

自然災害から逃げることはできない

ことを実感します。

1707年の津波による全壊の後も、1854年、1944年と大きな津波被害に遭っています。

特に、南海トラフで起きた地震が静岡県に大きな津波被害をもたらし、その周期を見てみると、これから50年の間に同規模の地震が来る可能性が大きいことを、歴史が教えてくれます。

遠州灘、東海道、旧白須賀宿跡の位置関係がわかる空撮写真

1707年の宝永地震の翌年に高台へ移転した

 

これらの資料から感じるものは人それぞれ違うと思いますが、

繰り返す地震・津波は、忘れたころにやってくる

自然には勝てない人間の弱さ

それでも復興しながら生き続ける人間の強さ

が、足下に残る土層から伝わってきました。

とりあえず、津波予報が入ったら、何は無くとも高台へ走れ。

津波は防げずとも、津波予測の技術は、100年前より進化しているようなので。

 

取材帰りに、潮見坂ポイントへ。

波の良い時には、大勢のサーファーで賑わうメジャーポイントのひとつ。

サイズ、波質が良ければ入ろうと思いましたが、諦めました。

津波の時は、どんなだったのだろう?

宿場を飲み込む波は想像できません。

津波注意の看板。

どんな注意をすればいいのでしょうか。